ホテルからクロネコへ(小浜島から石垣島へ)




沖縄移住記もくじ

何故引っ越した?
   移住へのきっかけ


移住初期1年目
   八重山リゾート


ホテルから黒猫へ
   転職1回目


石垣島の生活
   平成5年〜10年

 ホテルは平成5年の新年を迎えていた。
 普通の南国のホテルならばたいていは年越しのお客様で、ある程度の忙しさ
があるはずなのだが、我がホテルは3組のお客様がいたかどうか・・・
素人ながら経営に不安を覚えていたのだ。

 このときおいらは総務に配置されていて、役職も課長がとれて平でした。
でも、給料は全然変わらなくて、人事っていったい・・・・。
 総務での最初の仕事は、用度って毎日の食材とか備品なんかの調達係です。
小浜島は離島なので石垣島の業者に午前中に電話を入れて、船に乗せてもらう
のです。それを船の到着に合わせて港に取りにいく。代金は月締めで一括で
支払いなのです。時には那覇の業者に電話をして、航空便で送ってもらい
さらに、航空便の業者に船に乗せてもらうって、大変な輸送もしてました。
 用度係ってのは、月の最後に原価率の計算をするんですけど、パソコンの
使える晴れ男は、在庫表をつくって原価率まで自動計算して、こんな仕事は、
表計算を使える人ならだれでもちょちょいのお仕事ですよね。
 そんときの和食の料理長が、そろばん3回もはじいたのに間違えるわけ
ない!っていきがっちゃって、おいらはパソコンで計算したのに間違える
のが不思議って反論したら、ちょっとプライドを傷つけちゃったのね、で、
その一件で用度をおろされちゃいました。理不尽ですよね。ああ、おいらが
頑固なのがいけないのか・・・・

 その頃、自分には会社の経理データが見渡せる位置にいたので、収支を
例によって、表にまとめてみたりもしたんですが、見てびっくりでした。
なんったって、毎月の電気料だけで赤字なんだから、ああ、転職決意。

 4月になって、転職を決め、退職願いも出して、船の免許を取った。
一級小型船舶免許ってやつだ。海人にもなれるし、八重山観光フェリーに
雇ってもらおうか、ダイビングショップで船長しようかなんて考えたけど
結局全国規模のクロネコヤマトが男女事務員を募集していたのでそちらに
面接にいって、採用されました。生活のことを考えると、全国規模の一部
上場の株式会社っていいかな、なんて思っての就職でした。

 住む場所は、県の土木事務所に女房が通い詰めて家賃28,000の3LDK
広々した公団住宅に入居です。自然がいっぱいでそれは良いところでした。

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