何故引越したの?沖縄
沖縄移住記もくじ 何故引っ越した? 移住へのきっかけ 移住初期1年目 八重山リゾート ホテルから黒猫へ 転職1回目 石垣島の生活 平成5年〜10年 |
目をとじると青い海と空、高くそびえる椰子の木に白い砂浜、 気怠そうな空気の中にのんびりとした時の流れが匂ってくる。 6月に新婚旅行でハワイにいってからもう2カ月もこんな景色が 頭の中をぐるぐるとまわっている。 おいらは、競輪選手ってプロのスポーツ選手だ。 このままで将来どんな生活をしているのだろうとか、老後の ライフスタイルとかを予測しては、今の状況からかけ離れた結果に 不安がよぎる。 今は1200万円の年収があるけれど、これ以上強くなればそれは また年収も増えるけど、違う、今やりたい生活はこれではない。 そんな気持ちがずーっと続いている。 もともと小学生から高校卒業まで体育の成績は3以外とったことはなく とても、スポーツで飯を食っているのが不思議なくらいだった。 高校時代はオーケストラ部で、チェロを弾いてたりしたのね。 勝負の世界ってのもほとんど不向きで、誰かと争うのが嫌いだったのに 常に勝負の気持ちって持ったりしていて、性格も結構きつくなったのが 我ながら実感できていたりもしたもんです。 パソコン通信のニフティの掲示板でグァムの近くのロタ島に会員制の リゾートホテルを建てる計画が持ち上がっていた。俺はその首謀者に そこの管理者をさせてくれないかとメールをした。 最初、その首謀者から快い返事があったが、いつのまにか立ち消えて しまい、おいらの生活変革計画も頓挫した。 あきらめきれないおいらは、次にダイビング関係の月刊誌を数冊購入 して、南の島の情報を勉強した。なにせ、ハワイ以外の南国は未体験 だし、とりあえず勉強である。 そうだ、ハワイに移住してみようか、なんて考えたりもしたもんだ。 すると、某社で八重山郡小浜島にリゾート建設中の広告を見つけた。 見るとリゾートとしての小さな街を造りたいらしくて、なんだか わくわくするような内容でおいらはぜひオープニングスタッフになりたくて 9月に東京へ面接に出かけた。 結局そのリゾートに就職を決めて、翌年2月に一度下見をして、 4月には強行移住をきめての、何とも、どんな計画性かを疑われるような 移住の仕方であった。 なによりも、長女が11月28日に生まれてまだ4カ月の時に、全然 知らない土地に移住するのだから、びっくりもされたものだ。 下見はたったの2泊3日で石垣島半日小浜島も半日で、そこにすむ人 とかそこの生活とかなんかほとんど見ていない。 ただ、どんな所かだけがわかった位だ。 別にダイビングが趣味でもなかったし、釣りが死ぬほど好きでもなかった。 ただ、自然と暮らすときに、暖かい土地での夢が頭にあって、たったそれだけ の理由での沖縄移住だったから、移住に関わる熱意なんか聞かれた日には、 説明のしようが無くて、困ってしまう。ただ、今の生活とまるっきり違う生活 がしてみたかったのだ、とにかく違う場所に自分を置いてみたかったのだ。 本当に八重山に移住したい人は、おいらに比べればずっと永住できるくらいの 心構えがあるはずで、ぜひチャレンジしてみてほしいとも思う。 付け足しだが、たとえばアメリカという国、オーストラリアという国は どちらも移民が開拓して、現在の都市を作りあげている。 つまりは、それだけの移住した人々がいたわけで、きちんと生活も営み、 子孫もその地に残しているではないか、それに比べれば、同じ日本の中で 茨城から沖縄に移住する事くらい何でもない事ではないか。 晴れ男は、そう思っている。 1992年4月 平成4年バブル経済のはじける頃だった。 |